​ミルクおやじ誕生

集団食中毒事件

   2000年6月に起きた乳業メーカーYによる集団食中毒事件は、有症者が1万人を超える大規模な食中毒事件として酪農家や酪農関係者に大きな衝撃を与えました。当時40歳の現役酪農家であった私も、家畜排せつ物法に適正に対応するための設備投資と機械化による規模拡大を計画していたため、この事件により牛乳の消費が低迷し牛乳の取引価格が下がるのではないだろうかという不安から、かなり大きな衝撃を受けました。365日休むことのできない仕事をしていながら、尿管結石とギックリ腰を定期的に繰り返すという悲惨な状況から抜け出すために、何とかしようと必死に考えていた時期だったので、どうして業界を代表するメーカーがこんな事件を起こしてしまったのかと大きな落胆と共に怒りを感じました。そんな状況下の7月のある朝、牛に餌やりをしている最中に、ラジオのニュース番組から食中毒患者が1万4千人を超えたという情報が流れてきました。その瞬間『牛乳が売れなくなったら困るよな、お前たちも。ホルスタインだもんな!』と思わずつぶやいてしまいました。このつぶやきが頭の中にずっと残り、いつしかそれが『ミルクが売れないとちょっぴり困っちゃう、だって私たちホルスタインなんだもの~』というミルクソングの歌いだしのフレーズに自然に変化していきました。それまで曲作りをした経験が無かった私は、友だちにこれをモチーフとして曲を作って欲しいと依頼しましたが、いつまで経っても完成には至りませんでした。そこで一念発起した私は、1曲分の歌詞とメロディーを何とかひねり出し、友達に編曲を依頼。それに歌を吹き込み小学校のPTAの仲間に聴かせたところ非常に反応が良かったので、ついでに衣装も造ってしまおうということになり、ホルスタインのコスプレを考案しました。手芸用のホルスタイン柄の布地を今は無くなってしまった駅前のキンカ堂で購入し裁縫の得意な女性の友達にお願いして作ってもらったのが一番最初のまるでダルメシアンのような衣装です。起こってしまったことを誰かの責任にして、いつまで腹を立てていても仕方がない。今自分にできることをやろう。しかも楽しく。ホルスタインのコスプレをして牛乳のPRソングを歌うミルクおやじの活動はこうして始まりました。

2000年11月10日完成した衣装を着て地元の幼稚園で初ライブ

CD制作

    私の熊谷高校の同級生に松崎雄一という男がいます。高校1年生の時に同じクラスで私の二つ後ろの席に座っていた彼は、プロのミュージシャンになって怪人松崎様と名乗り、デーモン小暮率いる聖飢魔Ⅱというバンドでサポートキーボーディスト兼アレンジャーを務めていました。1989年に白い奇跡という曲で紅白歌合戦にも出演もしていました。そんな彼と約20年ぶりにネット上で偶然再会し、これがをっかけにミルクソングのレコーディングとCD制作を彼に依頼しました。30代前半に友達に誘われ市民楽団でコントラバスを弾いた経験はありましたが、しばらく音楽から遠ざかっていた私が、しかも毎日牛の世話に明け暮れて40歳になった私が、まさかのCDデビュー。彼の存在がなかったらCDの制作なんて発想は起きなかったに違いありません。CDは1000枚制作し1枚千円で販売しました。手売り販売が中心であったにもかかわらず、手元に数十枚残っただけでほぼ完売することができました。

2001年4月22日怪人松崎様と都内某レコーディングスタジオにて

オーディション番組で月間MVP獲得

    曲を披露した時の反応がかなり良かったことに気をよくして、地元埼玉のFMラジオ局ナック5のオーディション番組にミルクソングでエントリーした。この番組でMVPを獲得しメジャーデビューしたアーティストもいるということだったので、まさか自分のレベルでMVP獲得なんて夢にも思っていなかった。ただ自分の曲がラジオから流れたらうれしいなという軽い気持ちでの応募だった。確かに編曲を松崎にお願いし、プロのエンジニアがいる本格的なスタジオを使用してレコーディングを行ったことにより、ミルクソングのクオリティーは格段にアップしていた。それにしてもである。しかし・・・あり得ないことが本当に起こってしまった。審査員として出演していた花*花がこの曲を気に入ってくれたのである。前年に集団食中毒事件があってそのことがまだ記憶として残っている中、酪農家が牛の格好をして、牛乳のPRソングを歌うというスタイルがかなりのインパクトとなって、彼女たちにアピールした結果だろう。この時に『もしかしたら俺ってイケるんじゃない?』と勘違いしなければ、今のミルクおやじは存在していないだろう。ちなみにミルクおやじは、ミルクソングを歌う親父ということから命名した。082と書いておやじと読むのは、当時0930と書いて、おくさまと読むユニットがあり、何となくそれをパクったというだけで特別の意味はない。現在は音楽活動を行う時に表記をミルク082としている。

2001年9月9日読売新聞埼玉版